マルクスと荘子の心理学 マルクス+荘子の哲学 · 誰もが本来、すべてを備えている

業の障りシリーズ

劣悪で有害な、NPDのある環境で育った若者たち

劣悪で有害な、NPDのある環境で育った若者は、PUAによる心理操作、欺瞞、偽善、搾取、洗脳を真に受け、探りを入れる言動や社交辞令、演技を真に受ける。殴られることも、罵られることも、厳しさも、冷淡さも、すべて愛だと思う。ただひたすら、真心を注ぐ相手を間違えてしまう。あるいは、もう一方の極端に走り、すべての人を敵とみなし、人間の本性は悪であり、誰もが自分を利用しに来るのだと思う。

真偽も、善悪も、良し悪しも、是非も見分けられない。業の障りは恐ろしい。素朴さに立ち返るのは、なおさら難しい。

素朴な環境、素朴な家庭に生まれた子どもは、それだけでスタートラインから一歩先にいる。愛の中に生まれることは、千人に一人の幸運なのだ。

別の角度から言えば、これほど劣悪な環境で育った若者も、その大半はただ無知なだけで、有害な人間やNPDにはなっていない。このこともまた、誰もが本来の十全さを備え、人間の本性は善であり、誰もが仏性を持つことを示している。

だからこそ、『社会の底辺で働く人々の素朴な真善美とのつながり』は、とても重要な学びなのだ。『譚談交通』をおすすめする。

以前の記事:『素朴さに立ち返る』『人の階層分け』『敏感な人の感覚の麻痺と停滞』