呼吸について――浅い呼吸、胸式呼吸、胃での呼吸から腹式呼吸に至るまで
呼吸について:浅い呼吸、胸式呼吸、胃式呼吸から腹式呼吸へと至った私
呼吸について:浅い呼吸、胸式呼吸、胃式呼吸から腹式呼吸へと至った私
一、呼吸にますます意識が向くようになる
自分の内側が静まってくるほど、自分の呼吸にますます意識が向くようになる。呼吸は実は、とても大きく重要な動作だからだ。私たちの根底にある静けさが、ずっとそこにあって私たちを支えているのに、見過ごされているのと同じように。
静かな家の中にいると、自分の呼吸の音が聞こえてくるようなものだ。
心が落ち着くと、実にさまざまなことに気づくようになる。体のあちこちの不快感は、いちばん直接的に感じられるものだ。
三、多くの人は長年、胃式呼吸をしている
- 息を詰める癖がある。以前の記事『集中すると無意識に息を止めてしまう? ある精神分析の事例』で扱ったのは、幼少期の防衛機制の身体化が中心だった。とても静かに深く考えているとき、自分がほんのわずかな息を詰めたまま呼吸していることに気づくことがよくある。これは長年の癖になっている。
- 相手に気に入られようと、喉を引き上げて声を出す癖がある。『声と階級:働く人はなぜ丹田から声を出さず、喉を引き上げて話すことが多いのか』。
- 浅い呼吸の癖がある。長期にわたる慢性的なストレスや緊張。
- 上半身が丸まり、首が前に出ている。
- 胃の不調。長期にわたる慢性的なストレス、よくない食習慣や食事内容。
- 胃酸の食道への逆流。剣状突起の下あたりのひりひりした痛み(胸やけ)、咽頭炎(咽頭炎の大きな原因の一つは、胃酸の食道への逆流)。
- 全体として現れるのが「胃式呼吸」だ。
どういうことか。呼吸がとても浅く、わずかな息が剣状突起(肋骨の下にあるアーチの頂点)の下、横隔膜と噴門(胃の入り口で、食道と胃の境目)のあたりにつかえている。十分な腹式呼吸のように、下腹部(丹田)まで深く届かない。そして話すときには喉を引き上げ(肩を持ち上げ、喉を締めつけ)、胃のあたりが震える。ときには、嫌な思いをさせられると、いっそう胃が痛くなる。
長年の胃式呼吸には普段なかなか気づかないが、明らかに健康によくない。長い時間、本を読んだり考えたりする生活でも、負担が大きくなり、効率が落ちる。 - 腹式呼吸のよさ
意識的に腹式呼吸を練習することのよさは、呼吸の習慣を少しずつ変え、横隔膜を鍛えられることだ。
腹式呼吸のよさは、より楽に呼吸でき、より効率よくガス交換ができること(肺の下葉は血流が最も豊富だから)、そして内臓を支配する「休息・消化」の神経系(副交感神経)を刺激し、胃腸をマッサージできることだ。
そのため、多くの修行の流派(ヨガ、坐禅、中医学、太極拳、瞑想)で重視されている。 - なぜ人は乳児期の腹式呼吸の習慣を失ってしまうのか
a.姿勢の変化。直立すると体幹は自然に緊張し、長く座っていると腹腔が圧迫される。
b. ストレス。胸式呼吸は、闘争・硬直・逃走などのストレスに対する防衛状態や、激しい運動をしているときの呼吸の仕方だ。長期にわたる慢性的なストレスやストレス反応によって、胸式呼吸が当たり前になる。
c.せわしない生活や会話によって、せかせかとした浅い呼吸が習慣になる。
d.使えば発達し、使わなければ衰える。横隔膜が衰え、呼吸補助筋(胸鎖乳突筋、斜角筋など)が過度に緊張してその働きを補うため、肩や首の痛みなどにつながる。
ここには、社会的な疎外が、本人の気づかないうちに心身を変えていく様子が見える。
この記事を書いているのも、私が一貫して伝えてきた考えを、もっと広めたいからだ。一人ひとりに本来の十全さが備わっている。それなのに、いったい何が人を本来の十全さから遠ざけ、自然なあり方から遠ざけてしまったのか。腹式呼吸は、最も自然で本能的なもので、赤ん坊のころから身についており、体も好むものだ。それなのに、私たちはそれを手放し、使わなくなってしまった。 - 気づくこと
ここまで見てきたように、浅い呼吸、胸式呼吸、「胃式」呼吸から腹式呼吸へと移っていくうえで、より大切なのは、自分の体の状態(長時間座っている、背中が丸まっている)や心の状態(長期的な緊張、ストレス反応、迎合)に気づくことだ。気づく力を高めること自体が、練習そのものより大切な場合も多い。
緊張や無理な意識から離れ、自然なあり方を取り戻す。
『荘子』大宗師篇:「昔の真人は、眠っても夢を見ず、目覚めても憂いがなく、食べ物のうまさにとらわれず、その呼吸は深く静かだった。真人の呼吸はかかとから発し、普通の人の呼吸は喉から発する。屈服している者は、喉から出す言葉が、吐くようにつかえる。欲望の深い者は、天から授かった自然な働きが浅い。」
この言葉は本当に、私や多くの普通の人たちの姿を、的確に生き生きと描いている。 - 責めるのではなく、いたわる
自己成長やトレーニングを扱う個人メディアの多くは、不安を売り物にしている。「ほら、あなたはこんなにひどい(呼吸が浅い、姿勢が悪い)、こんなに危ない」と言う。その核心にあるのは、「あなたはこんなに怠け者で、役立たずなのだから、さっさと私についてきて変わりなさい」ということだ。(この文章を打っているだけでも、胃のあたりが少し締まり、呼吸が浅くなった気がする。)
マルクスと荘子の心理学がより大切にするのは、普通の人たちに気づきのきっかけを届け、いたわり、自分を責めることを減らすことだ。もっと力を抜き、頑張らず、自分を愛することを学ぶ。
人は成熟するにつれて、さまざまなことに気づく。人生は至るところ不公平で、人と人とは比べようがないと感じるようになる。だから、あのようなエリート主義が努力を売り物にしても、本当に何の意味もない。この大いなる夢から、誰が先に目覚めるのだろう。