マルクスと荘子の心理学 マルクス+荘子の哲学 · 誰もが本来、すべてを備えている

つながりシリーズ

明るい春の光、吹き渡る春風とのつながり

つながり――春の光は明るく、春風は満ちわたる

つながり――春の光は明るく、春風は満ちわたる

春、四月、五月。陽光は明るく、春風は満ちわたり、若緑に覆われた枝が揺れている。その姿は生き生きと自由で、木は大きく根を深く張り、静かで揺るぎない。私は静けさとくつろぎを感じ、自分もこの光に包まれていると感じる。私という平凡な子どもも、さえずるウグイスや舞うツバメ、跳ねる虫や飛ぶ蝶と同じように、この光あふれる自然の、無条件の一部なのだ。

これは、多くの人にとって、幼い頃の根源的な記憶の一つだ。

春の光と満ちわたる春風は、私の人生で数えきれないほど、落ち込み、沈み込んでいた私を引き上げてくれた。

大自然とつながり、本来の自分の静けさとつながり、幼い頃の自分の本来の十全さともつながる。そして、自分は初めからずっと満ち足りていて、初めからずっと天と人が一つであったことに気づく。これが、普通の人が本来の十全さとつながるための根本的な入り口なのだ。

多くの大学生にとって、大学院入試に向けた勉強で大切なのは、自分とのつながりを築き直し、自分への自信、つまり本来の十全さへの自信を取り戻すことだ。自分は迷いの泥沼から抜け出せるのだと。

多くの人が、ノラのように家を出ると決めるとき、次の仕事を決めずに退職すると決めるとき、資本も技術も人脈もなく、あるのは本来の十全さへの信頼だけだったりする。もっとも、当時の私は、本来の十全さとは何かを知らなかった。ただ、どんな困難にもいずれ対処できる、自分の中からいつか美しい枝や芽が伸びてくる、いつかこの世の美しいものとつながれるということだけは、わかっていた。