心の病の「はだしの医者」時代
心の病や精神保健の分野は、いまだに裸足の医者、さらにはやぶ医者の時代にある(さまざまな民間流派が入り乱れている)。医療資源(病院や医師、資格を持ち適正に活動するカウンセラー、適格なスーパーバイザーなど)が不足しており、カウンセラー自身が小さからぬ問題を抱えていることも多い。
一般の人々は心の健康に関する知識が乏しく、誤解も多く、まだ知識が行き渡らない未開の状態にある。精神科の受診や心理カウンセリングを利用するという意識がないか、費用を払えない。
一、心理学における裸足の医者の肯定的な意義
多くの人が、ネットで学んだ断片的な言葉を使って、自分の複雑な心の病を治し、傷だらけの心を癒やそうとしている。
さまざまな心理学の発信者が増えるのはよいことだ。裸足の医者が増えるようなもので、その大半は専門家でも、医師免許を持つ医師でもない。厳格な訓練を受けていない人も多く、相談者の抵抗、転移、投影がカウンセラー自身の課題を刺激し、心の崩壊を引き起こす可能性があることも、カウンセラー自身にも気づきやスーパービジョン、心を診る医師が必要だということも知らない。人を救うには、まず自分を救わなければならないことを知らないのだ。
ショート動画が提供するのは、ごく短い一方向の発信だ。それは裸足の医者のブリキの薬箱のように、次々と重症の人に向き合い、多くの人を救っている。開けてみれば、ヨードチンキ、アセトアミノフェン、生理食塩水。心理学アカウントの内容を開いてみても、やはりおなじみのものばかりだ。自分を愛する、迎合しない、自分を攻撃しない、課題を分離する、有害な関係から離れる、「生まれ育った家庭」の影響に気づき始める、よく運動し、日光を浴び、自然に親しむ。
こうしたシンプルで基本的な薬だけでも、数え切れないほどの人の命が救われている。
二、プラセボ効果
よい知らせは、心理学の分野ではプラセボ効果がとても強いということだ。人の本来の十全さには十分な回復力があり、心の深い層には十分な内的資源がある。ほんの少しの前向きな力、静けさ、温もり、真・善・美だけで、混乱した心に強心剤のような力を与えられることが多い。浅瀬で溺れている人に、そっと手を貸すようなものだ。
小紅書(RED)でよく見られる慰めの一つは、コメント欄に同じ苦しみを抱える人が大勢いるのを見て、病んでいるのは自分だけではなく、この世界のほうなのだと、ふと気づくことだ。もう一つよくある慰めは、結局のところ、多くの心理療法の根底には人間性心理学があり、人の本来の十全さを信じているということだ。
三、自分を救う
普通の人も一人ひとり、心理学やマルクス、荘子について、もっと学ぼう。ダイエットや糖質管理、姿勢の矯正よりも大切なことだ。