マルクスと荘子の心理学 マルクス+荘子の哲学 · 誰もが本来、すべてを備えている

業の障りシリーズ

かつては成功で自分を証明し、自分を証明することで成功したかった

以前の「外に求める」ことの主な症状は、成功によって自分の価値を証明したい、自分の価値を証明することで成功したい、というものだった。

一、自分の価値を証明するとは、何を証明するのか?

自分が優秀であること、愛されるに値すること、重責を任されるに値すること、成功するに値することを証明するのか?

根底にあるのは、やはり主体性の不足と、深刻な客体化だ。無条件の、ありのままでいられる心地よさ/静けさ/愛し愛されること/自信/幸福や喜びがない。

外的な成功は、疎外された、空虚なものだ。

人生は至るところで不公平で、人と人はそもそも比べようがない。人と人の対立は私有制に由来する。人類が比較を始めたのは、奴隷主が奴隷を選ぶようになってからだ。奴隷は生き延びるために、容姿の美しさ、体のたくましさ、歯の丈夫さをめぐって過当競争を強いられたのに、奴隷主はみな不格好な連中だった。自分の外にあるものはすべて不平等で、変化し、揺れ動いている。だから、外に求める必要はない。

二、自分の価値を証明することで成功しようとするのは、さらに滑稽だ

特定の人、A、B、C、Dを「攻略」したい。承認、支持者、パートナー、投資家が欲しい。

これは実に滑稽なことだ。あなたを認める人は、あなたが想像する以上にあなたを認めているし、あなたを認めない人は、あなたが想像する以上にあなたを認めていない。こうした、自分の価値を証明しようとする心理が引き寄せるのは、あなたが自分の価値を証明しようとするのにつけ込んで、心理的にあなたを操り、搾取し、あなたのエネルギーにただ乗りする人たちだけだ。

三、本来の十全さがあり、成功も努力も必要ない

外に求めるのをやめ、内に探し、本来の自分に立ち返る。人には本来の十全さがあり、生まれながらにして満ち足りている。花や鳥、魚や虫のように、自然に存在する。

自分の価値を証明する必要も、成功する必要も、奮闘する必要も、努力する必要もない。

人にとって唯一の成功とは、揺るぎなく自分を愛し、自分らしくあり、自分を裏切らず、自分を苦しめないことだ。

四、すべては自然にそうなる

すべては自然にそうなる。自然に真善美を成し遂げ、自然に真善美によって成し遂げられる。成功も達成も、本来の自分、心の力/リビドーから自然に生まれるものだ。